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オランダの「ゴミ・環境負荷ゼロ」の音楽フェス、成功のカギは? 「DGTL」のリアルな舞台裏

» 2024年07月17日 08時30分 公開
[廣末智子サステナブル・ブランド ジャパン(SB-J)]
サステナブル・ブランド ジャパン

本記事はサステナブル・ブランド ジャパンの「ごみゼロ・環境負荷ゼロの循環型イベント実現の鍵を探る――オランダの音楽フェス『DGTL』のリアルな舞台裏」(2024年6月25日掲載)を、ITmedia ビジネスオンライン編集部で一部編集の上、転載したものです。

 音楽やアート、食など、さまざまなカテゴリーを切り口にしたイベントが、今この時も、世界各地で開かれている。魅力あるイベントほどたくさんの人が訪れ、開催地は賑(にぎ)わう。

 しかし、規模が大きくなるほど、運営にかかるCO2排出量やごみの多さなど、環境負荷の大きさが問題となる場合が多い。

 そんなイベントにつきものの悩みを取り去り、そればかりか「家で寝て過ごすよりサステナブル(何もせずに家で寝て過ごすよりも、このイベントに出掛けた方が環境負荷が少ないという意味)」を合言葉とする一大イベントが、サーキュラーエコノミーの先進国、オランダのアムステルダムで2013年から開かれている。

 同国の内外から2日間で延べ約5万人が集まるエレクトロニック音楽フェス「DGTL(デジタル)」。今年4月の開催に合わせて現地を訪ね、“ごみゼロ・環境負荷ゼロの循環型イベント”の舞台裏を見た博展のサステナビリティ担当者の学びを紹介する。

再エネ100%が詰まった会場、どんな工夫が? 

 アムステル川の川沿い、「アムステルダム中央駅前」のフェリー乗り場が、フェス会場への入り口だ。

 ここまでのアクセスは基本、徒歩か自転車、公共交通機関に限る。日本をはじめ、海外から飛行機などで現地入りした人に向けては、家を出て会場に着くまでのアクセス情報を入力するだけでCO2排出量を測定するカリキュレーターの使用が促される。また、追加料金を払えば、持続可能な航空燃料やマングローブ林の再生プロジェクトに参加することも可能な仕組みが導入されている。全てはCO2削減のためだ。

アムステルダム中央駅前のフェリー発着場。ここからフェリーや水上バスに乗り、15分ほどで会場エントランスに着く

 ここから会場に向かうフェリーや水上バスも全て100%再生可能エネルギーで運行している。フェリーに乗るとすぐ、対岸に見えてくるのが、フェスの会場である旧造船所をリノベーションして作られた施設だ。

乗船するとすぐに見えてくる会場。旧造船所をリノベーションして作られた施設は、スタートアップ企業などが入居するワークスペースや宿泊施設になっており、DGTL以外にも、アートやテクノロジーに関する展示会などに活用されている

 会場に入る前に、フェスがここアムステルダムで始まった背景に触れる。2030年に向けた成長戦略の核として、EUは2015年に食品廃棄物を削減し、製品の再生可能性やエネルギー効率を高める「サーキュラーエコノミーパッケージ」を採択、オランダでは2050年までに循環型経済を実現する目標を掲げる。

 さらにアムステルダム市では、2030年までにCO2排出量55%削減、再生エネルギーのカバー率を80%にするという独自の高い目標に取り組む。

 そうした流れに乗り、DGTLは2013年に始まった。2017年には世界中のフェスティバルやカンファレンスを対象にしたアワードで優秀グリーンイベント賞を、2019年には国際グリーンフェスティバル賞とグリーン輸送賞を受賞するなど、世界的に高い評価を獲得。

 しかし当然ながら、最初からサステナビリティが完璧に実装されていたわけではなく、主催団体は毎年「資源と廃棄物の流れの測定と可視化」を徹底して行うことで、環境負荷がどこで起きているのかを確かめながら取り組みポイントを見定めてきた。その上で行政やパートナー企業など、さまざまなステークホルダーとの連携を深めながら、内容をアップデートしてきた経緯がある。

世の中に「ごみ」は存在しない 全ての不要物を資源に

 来場者は「大好きなDJのライブを楽しみに、その空間に没入するために来ている」といった純粋な音楽ファンたちだ。コロナ禍を経て国内外から延べ5万人が訪れる、欧州でも有数の音楽イベントに成長した。

 そんなDGTLの2024年の会場はどんな様子だったのか。いよいよ中に入ろう。

エントランスを抜けると、NDSMの巨大な倉庫があり、周辺にステージテントやさまざまなコンテンツが配置されている

 エントランスを抜けると、真正面に巨大な倉庫がある。会場全体は18ヘクタールと東京ドーム3.8個分の広さで、この倉庫をメインに、テントも含めて6つほどのステージが配置されている。

 テントは良質な音楽環境をベースに、木や竹などを素材に用いた全てリユース可能な構造で、イベントが終われば解体され、また別の場所で活用される仕組みになっている。

会場内にごみ箱はなく、リサイクルステーションが各所に設置されている

 そしてサステナビリティのキーワードで会場を見たとき、まず目にとまるのは、会場内に点在するリサイクルステーションだ。

 DGTLの根幹にあるのは「世の中に『ごみ』は存在しない」という考え方のため、基本、会場にごみ箱はない。「要らなくなったもの」が発生した人は、全てこのリサイクルステーションまで持っていき、常駐するスタッフが野菜や果物など食べ物の残りや、ペットボトルと缶、グラスなど12種類に分別する。持ち込んだ人ではなく、スタッフに分別を任せるのは、それぞれに異物が混じらないよう、それがいちばん信頼できる方法だからだという。

 分別した「不要物」を、スタッフはまとめてリヤカーに載せ、ある場所に運ぶ。それが「リソースハブ」だ。全てはここに「資源」として集約される。外観は小さなテントだが、ステージのすぐそばにあり、「ここは何をする所だろう」と来場者の興味を引く。

 テントの中では多くのスタッフが細かく分別を行うが、仕事をしているというよりは、音楽に乗ってノリノリで作業をしている雰囲気が伝わってくる。「やらされている感が一切ない」のが印象的だ。

リソースハブのテント。全ての資源は一度この場所に集約される
リソースハブのテント内では、ボランティアスタッフが楽しそうに分別作業を行っていた

世界初の循環型フェスティバルから世界規模の再生型イベントへ 挑戦重ねアップデート

 ここまで見てきたように、DGTLは、ごみゼロ・環境負荷ゼロの循環型イベントとして年々より良い方法を探ってきた。2013年からの継続的な開発の結果、フェスの新陳代謝を実現するための「DGTLフレームワーク」を開発。資源、エネルギー、モビリティ、衛生、食品の5つの柱に焦点を当てて毎年のフェスを設計している。

 資源の面では、フードコートで提供するドリンクの返却用カップも、回収して洗浄し、また使うためにより耐久性のあるカップを採用。来場者に向けては最初に購入する時に、ドリンク代にカップ代を上乗せし、2杯目からはそのカップを返すことでその分安く購入できる「リサイクルコイン制度」を導入している。スタッフに分別を任せることも含めた仕組みづくりが奏功し、リユースやマテリアルリサイクル率を上げてきた。

ドリンクの返却用カップとデポジットコイン

 食品に関しては、当初はフードメニューで牛肉も提供していたが、環境負荷を考慮し、今では全てビーガン食に変更された。

 エネルギーは基本、施設内に設置された太陽光パネルで発電しているが、2024年は新たにウォーターメロン社による水素発電機を取り入れた。これが3基あれば全体の電力を賄(まかな)えるが、実証段階であることから1基とし、この1基でフードコートの電力が全てカバーされていた。

 前年のフェスでは、別の場所で再エネを充電した蓄電池を会場に持ってくる方式が取られたが、持ってくるのに環境負荷がかかることから、現地で発電する方法に切り替えたという。

サステナビリティイベント、成功の鍵は?

 このように、毎年新しい挑戦を行い、世界初の循環型フェスティバルから、世界規模の再生型イベントへの変革を掲げ、マテリアルループを閉じた循環を模索し続けるDGTL。

 2024年も会場内ではさまざまな実証実験が行われていた。ユニークなところでは、排泄物(小便)をろ過して飲料水に変え、その水でお茶を作ったり、その養分を抽出して植物の成長につなげたりする取り組みも見られた。

 小便を飲料水として飲めるレベルにまでろ過することは技術としては確立しているものの、法的に規制がかかっていることから、技術開発を行うスタートアップ企業にとっては、フェスの場でお披露目することで、来場者に広く知ってもらい、PRを通じて資金調達につなげる狙いもあるようだ。

排泄物をろ過しながら、養分を木の成長につなげる「Pee to Tree」と名付けられたシステム

 このほか、会場ではさまざまなスタートアップによるイノベーションをテーマにしたセミナーなども開かれ、行政の支援体制も充実している。そもそもDGTL自体がアムステルダム市などから3つの助成金を受けて成り立っており、リソースハブなどのスタッフは全て活動に共感して参加しているボランティアだ。

 ボランティアには資源循環などについて学ぶ学生も多い。サステナビリティの実装のための費用をイベントの収益から捻出するのは難しく、行政やスタートアップ、学生らさまざまなステークホルダーとしっかりと連携し、彼らと有機的につながっていくことがイベントの屋台骨を支えている。

 そして今回、現地を見て1番感じたのは、サステナビリティだけで人を集めることはできないということだ。当然ではあるものの、サステナビリティの前に、純粋な音楽イベントとして良質な音楽体験を提供できているからこそ、DGTLには5万人もが集う。そうした良質な音楽体験とサステナビリティをセットで伝えることによって、行動変容は起こし得る。良質な体験という前提がないままに、サステナビリティへの協力や学びを呼び掛ければ、それは押し付けになってしまう危険性もある。

 そうではなく、いかに人々の行動変容を呼び起こすような体験価値を生み出していくか──。日本でもイベントのサステナビリティを追求していく上で大事な鍵がそこにあると感じた。

著者紹介:Sustainable Brands Japan(SB-J)メディア・サイト

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