1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら
11月28日、ヤマダNEOBANKが提供する「ヤマダ積立預金」のリリースキャンペーンとして、積立預金金利が10%還元されるという企画が話題を呼んだ。
この預金商品は、元本保証でありながら積立総額の10%(年利換算の利回りは18%)を1年後にヤマダポイントで還元するという、従来の預金商品にはない高い還元率が特徴だった。
しかし「一人で複数の積立預金が開設できるのでは」とSNSで話題になり、新規口座開設の申し込みが殺到。わずか1日で新規口座開設申し込みがダウンし、新規積立預金も設定できなくなってしまった。
想定以上の積立預金が設定されたことで事業モデルの持続可能性に疑義が生じたのか、ヤマダ積立預金は事実上の運用停止状態となっている。この事例で浮き彫りになった、高利回り元本保証型商品の問題点を整理したい。
ヤマダ積立預金は、金融商品として見ると破格の条件であった。
1000万円とその利息分まではペイオフ制度のもと、元本が保証される。そして10%という還元率は、元本割れリスクの高い「ヤマダホールディングス株」の優待利回りと配当利回りを合計した総利回りである年間6.14%より1.5倍以上も高い。
経済合理性を考えると、ヤマダホールディングスの株式を売って、ヤマダ積立預金に資金を移し替えるといった動きが拡大する危険性すらあった。
ちなみに積立預金については、5%の還元は継続すると見られている。5%という還元率は、ヤマダ株式の配当・優待利回りにわずかに届かない水準だ。このため個人投資家にとっては、1.14%分の利回りを放棄するだけで元本が保証されるという選択が可能になる。つまり、5%の還元についてもいまだ、持続可能性についての疑念を否定できない。
このような高利回りを提供する背景には、顧客をひきつけるための企業側のマーケティング意図があったことは明白だ。ヤマダホールディングスとNEOBANKブランドを拡大するSBIホールディングス両者が、事業を拡大し、顧客基盤を強化するための戦略的施策だったと考えられる。
事業会社が銀行サービスを導入し、顧客に高い還元率を提供することは、理論上可能だ。
積立総額の利回りを「ヤマダポイント」で還元するという仕組みは、一見すると非常に高利回りだが、実際にはヤマダ電機側にとって負担を最小限に抑えつつ、顧客に大きな価値を提供する巧妙な設計がある。
なぜならポイント還元は顧客に直接的なメリットを与えるからだ。1万円分のポイントを付与された顧客が、それを家電購入に充てた場合、顧客は額面通りの1万円分の価値を得たと感じるだろう。
しかし、ヤマダ電機側が負担している商品の仕入れ値は、当然ながら販売価格よりも低い。ヤマダ電機側のポイント還元コストは1万円未満に抑えられる。これにより、顧客には高い付加価値を感じさせつつ、企業側の実際のコストを低く抑えることが可能となる。
このような効用のギャップを活用した還元サービスは、金融機関としての銀行には難しいだろう。同社の業態ならではの価値を提供している。
さらに、ポイントが高額な家電製品に充当された場合、その購入金額の大部分は現金で支払われる。そのため、ヤマダ電機にとって集客コストであったポイント還元施策が全体として利益を生む可能性すらある。
例えば、顧客が仕入れ値30万円のテレビを50万円で購入し、そのうち5万円をヤマダ積立預金で手に入れたポイントで支払う場合、残りの15万円は粗利として収入となる。このように、顧客満足度向上と企業の収益確保を両立させる優れた仕組みとなり得る。
また、ポイントが利用されずに死蔵された場合、その未使用分は「死蔵益」として企業にとっての純利益となる。ポイントが使われない割合は一定水準で存在するため、これもまたヤマダ電機の利益構造を支える要素の一つだ。
しかし、今回の高利回りキャンペーンにはいくつかの大きな問題が潜んでいた。
第一に、持続可能性の欠如である。
積立総額の10%を還元するという仕組みは、ポイント還元のコストが企業にとって非常に高い負担となる。市場環境や金利の動向に左右される中でこれほどの還元率を維持することは、長期的に見て財務リスクが大きい。ヤマダNEOBANKの運用停止決定は、このような財務的負担の限界を示している。
第二に、元本保証と高利回りの組み合わせは、顧客に誤ったリスク認識を与える可能性があった。
一般に元本保証型商品は、低リスク・低リターンの特徴を持つ。しかし、ヤマダ積立預金のように高利回りを付与すると「リスクが低いのにもうかる商品」という誤解を与え、特に金融リテラシーの低い顧客層にとっては不適切な選択肢となりかねない。このような誤解が広がれば、顧客が実際のリスクやコストを正しく理解せずに商品を選択してしまう危険性がある。
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