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「入社して10年頑張れ」が通じない若手 生成AIマッチングは適所適材を実現できるか?(1/2 ページ)

» 2024年12月09日 05時00分 公開
[田中圭太郎ITmedia]

 生成AIが人的資本経営の在り方を変えようとしている。

 Beatrust(東京都港区)は、自社が提供している従業員同士の自律的な協業を促進するプラットフォーム「Beatrust」に、生成AIを活用した新たな機能を追加した。1つは社内の非構造化データから従業員のスキルを抽出し、プロジェクトの適任者などを発掘できるリサーチ機能の「Beatrust Scout」。もう1つは、社内のあらゆるソースから従業員のスキルや経験を自動的に抽出して可視化する「Tag Extraction」。この2つの機能によって、企業内での人的資本の最大化や、持続的かつ精度の高いマッチングを実現する。

 Beatrustが新機能を開発したのは、人的資本経営に取り組む大企業は増えているものの、表層的な取り組みにとどまっているケースが多いことが背景にある。「従業員がどのようなスキルを持っているのかを可視化して、生成AIによって紐付けることで、人的資本は最大化できる」と話す原邦雄CEOに、人的資本経営をめぐる日本企業の課題と解決策を聞いた。

原邦雄(はら・くにお)Beatrust 共同創業者CEO。慶応義塾大学卒業後、住友商事に入社。1989年米国コロンビア大学でMBA取得。その後ソフトバンクで事業開発に従事した後、シリコンバレーに居を移し、米国シリコングラフィックス社に勤務、2000年にスタートアップ向けビジネス開発のコンサルティング会社を現地で創業・経営。シリコンバレー在住10年を経て、オンラインマーケティングのベンチャー企業を設立。事業譲渡後、日本マイクロソフトの広告営業日本代表などを経てグーグルへ入社。執行役員 営業本部長として主に広告代理店営業を統括。2018年から同社にて各種組織横断的戦略プロジェクトをリード。グーグルでの経験から社内イノベーションを創出するデジタルインフラの必要性を感じ、2020年3月、タレントコラボレーションツールを提供するBeatrustを共同創業

日本の大企業が悩む「ジョブ型雇用」や「3年離職率」への対応

 Beatrustは2020年の創業以来、企業内のタレントコラボレーションを促進するシステム「Beatrust」によって、従業員のエンゲージメントの向上や、情報共有などを支援してきた。その中で原CEOは、人的資本が事業戦略の実現のために活用されるほどの価値を発揮できていないことが日本企業の課題だと実感した。

 人的資本については、有価証券を発行している大企業に対して、2023年3月期決算から有価証券報告書での情報開示が義務化された。その一方で、大企業の多くは従業員が能力を発揮できる環境を整えて、企業価値の向上につなげることに苦労していると原CEOは指摘する。

 「人的資本経営の推進は株主から求められるので、大企業の経営者は関心を持っています。ただ、女性の管理職比率向上や、研修を実施するなどの表層的な取り組みにとどまっている企業が少なくありません。人的資本経営で本当に重要なのは、企業側が社員の強み、スキル、マインドセットなどをきちんと把握し、適所適材で重要な戦略を遂行していくことです。そのためには、従業員がどのようなスキルや経験を持っているのかを可視化することが求められています。そのことに、ようやく気付き始めているのではないでしょうか」

 人的資本経営の実現は、日本企業においても急務といえる。それは、雇用形態や従業員の意識に変化が起きているからだ。その1つは、ジョブ型雇用を取り入れている企業が増えていること。日本企業がジョブ型をうまく機能させるためには、企業のカルチャーを変えていくことも必要だと原CEOは提言する。

 「ジョブ型雇用は、スキルや経験があればどのようなポジションにもチャレンジできるので、従業員がスキルを向上するモチベーションが高まるなどの良い点があります。ただ、そのためには年功序列をなくしていくことや、心理的安全性の醸成、パーパスを共有し、部署を横断して個がつながれる組織開発、カルチャーの醸成が必須になります」

 もう1つは若い従業員の価値観の変化だ。厚生労働省の調査によると、2020年3月に大学を卒業して、新卒で就職した人の3年以内離職率は32%。1000人以上の事業所では26.1%と、前年よりも0.8ポイント上昇した。働き方改革が進んでいるにもかかわらず、3年離職率が高くなっていることは、大企業にとっては深刻な課題だ。

 「今の若い人は『入社して10年頑張れ』といわれても、受け付けないですよね。この会社で2 、3年のうちに自分が成長できるのかどうかを、かなり冷徹に見切っていきます。特に優秀な若手に関しては、スタートアップやコンサルなど受け皿もありますから、無理だと思ったらすぐ転職するでしょう。この状況は会社にとっても大きなロスで、人的資本の活用方法を従来と変えていくことが必要です」

「Beatrust」に新機能を追加(以下プレスリリースより)

生成AIがスキルを自動で可視化しマッチング

 ジョブ型雇用の導入によって業績を上げることや、若者の3年離職率を改善していくためには、従業員のスキルや経験を正確に把握して、適所適材に配置することが不可欠になる。ただ、従来の方法では社員のスキル情報が少なく、一元化もされていないことから、組織内で優秀な人材を発掘していくことが難しい。中途社員が増えていることも、スキル管理をさらに難しくしている。

 こうした課題を解決しようと、Beatrustが新たな機能として提供を始めたのが、生成AIを活用したスキルサーチ機能の「Beatrust Scout」と、タグ抽出機能の「Tag Extraction」だ。

 「Beatrust Scout」は、新規の職やプロジェクトについて自然言語にて定義すると生成AIによって必要なスキルが抽出され、社員のスキル情報をスコアリングして最適な人材をレコメンドできる機能。「Tag Extraction」は、非構造化されたさまざまな人材データから従業員のスキルや経験を生成AIによって自動的に抽出して、可視化する。2つの機能を組み合わせることで、社内で新たなプロジェクトを始めるにあたって適任者を探すときなどに、精度の高いマッチングが実現できる。

 「これまでは人事担当者が社内のジョブやスキルを定義して、従業員のスキルマスターをExcelなどで作っていたと思います。しかし、テクノロジーは毎年変化するので、必要なスキルセットもどんどん変わります。それをマニュアルで追って、更新するのは現実的ではありません。新たな機能では、ジョブやプロジェクトに求められるスキル情報を生成AIで抽出することによって、常に最新かつ必要なスキルを可視化し、そのスキルを持った従業員を検索してマッチングできます。情報の更新も生成AIで行うので、スキルマスターを作る必要はありません」(原CEO)

 「Beatrust Scout」と「Tag Extraction」を活用することによって、人事担当者を含めた経営側と従業員の双方にメリットがあると原CEOは説明する。経営側のメリットは、新たなプロジェクトの人選をする時などに、データに基づいてプロジェクトに最適な従業員を選べることだ。

 「経営陣は人選をする際、これまでは『彼と一緒に仕事をしたことがあるけど、彼はいいよ』などと勘と経験で選ぶか、『彼は自分と相性がよさそうだ』とバイアスによって選んでいたのではないでしょうか。しかし、それではプロジェクト組成は拡大しません。『Beatrust Scout』はデータドリブンなので、多角的な情報からポテンシャルが高い人を選ぶことができます。特に中途入社の従業員に関しては、前職での経験など、本人が言い出せずに埋もれていた情報も含めて分析し、意外性のある人材を発掘できて、人的資本を最大化できると思います」

 一方、従業員側にとってのメリットには、社内公募や社内副業に手を挙げやすくなることなどが挙げられる。

 「社内公募や社内副業を進める企業は増えているものの、従業員にとっては本当に自分に合うポジションなのか分からず、手を挙げづらいのが現状です。手を挙げても、異動した後にミスマッチが発覚して、さまざまなコストをかけた上で、結局元の部署に戻るケースが多くの企業で発生しているようです。スキルデータを詳細に照らし合わせることで、明らかなミスマッチを防ぐことができます」

「Beatrust Scout」(スカウト)と「Tag Extraction」(タグ抽出機能)
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