自治体DX最前線

避難所受付が「スマホで15秒」に 岩手で実証、進む“防災DX”の新たな課題は

» 2025年05月14日 12時00分 公開
[長濱良起ITmedia]

 災害大国ニッポン。世界のうち、マグニチュード6以上の地震の約2割が日本で起きており、約7%の活火山が日本に分布している。台風や豪雨の被害は年に複数回。このような災害発生時には迅速な避難対応や救援活動が求められる。

 岩手県では、行政向けITサービスを手掛けるBot Express(東京都港区)が提供する「スマホ市役所」を活用。避難所での受付などに活用した実証実験の結果、受付時間にかかっていた時間の大幅短縮に成功したという。

 同社が開催したセミナーで共有された、岩手県の防災DXの取り組みについて紹介する。

「スマホ市役所」で防災DXはどう進化するのか。写真はイメージ(ゲッティイメージズ)

著者プロフィール:長濱良起(ながはま よしき)

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沖縄県在住のフリーランス記者。音楽・エンタメから政治経済まで幅広く取材。

琉球大学マスコミ学コース卒業後、沖縄県内各企業のスポンサードで2年間世界一周。その後、琉球新報に4年間在籍。

2018年、北京に語学留学。同年から個人事務所「XY STUDIO」代表。記者業の他にTVディレクターとしても活動。

著書に『沖縄人世界一周!絆をつなぐ旅!』(編集工房東洋企画)がある。


避難所の受付がスマホで完了

 「スマホ市役所」は、スマホ上であらゆる行政サービスを提供することができるデジタルサービスで、正式名称は「GovTech Express」。

 証明書請求や給付金手続き、各種施設の予約などさまざまな機能を、行政の規模やニーズに応じて自由に組み合わせることができる。

 住民はLINEやWebブラウザ上で使用でき、現在300以上の自治体が導入する。平時はまるで一般の行政窓口のような仕事をしてくれる「スマホ市役所」が、災害時には住民への支援へ迅速につなげるための窓口にもなる。

写真はイメージ(ゲッティイメージズ)

 スマホ市役所を活用した避難所受付は、LINE上で行うことができ、2つの方法がある。一つは住民が自分の情報や状態を事前に登録し、生成したQRコードを避難所などの施設で読み取ってもらう方法。

 もう一つは、避難所に設置されているQRコードを読み取った後で、自分の情報や状態を登録する方法だ。QRコードをかざしたり読み取ったりするという点では、PayPayや楽天ペイのようなスマホ決済に使い方が近いといえる。

受付時間「紙で5分→スマホで15秒」に短縮

 岩手県はこの「スマホ市役所」の機能を活用したデジタル化実証実験を、2024年9月に久慈市で、同11月に遠野市でそれぞれ実施した。避難所受付の他、避難所の外にいる被災者の状況把握や支援を検証した。

 県ではもともと、避難所での対応業務を紙ベースで行うなど従来型の仕組みが多く、災害発生時に膨大な事務が発生していることが課題として挙げられていたという。それらを受けて、県は2023年度に「復興防災DX研究会」を設置。デジタル技術を活用し、「災害対応業務の効率化・省力化・標準化」「県民の防災意識向上」「デジタル技術活用の人材育成」「将来的な災害対応業務の検討」――の4点を重点課題として研究を続けている。

 実証実験での検証の結果、避難所受付は、紙での受付が世帯当たり平均約5分かかっていたものが、スマホで個人情報などを事前に登録していた場合に関しては約15秒に短縮できた。

 避難所の受付時だけではなく、行政や現場間での情報共有にかかる時間も大幅に短縮できた。これまでの紙受付の場合、

(1)避難者受付用紙の記入

(2)避難者数の集計や名簿作成

(3)集計結果を避難所から市町村本部へ報告

(4)市町村本部から県本部へ報告

――というように、多くのプロセスを踏む必要があったが、それらの情報を関係各所が瞬時に共有できることとなった。

新たな課題も

 一方で新たな課題も見られた。事前に個人情報をLINE上に登録していなかった人は避難所受付でQRコードを読み取り、登録フォームに必要事項を登録していくことになるが、この場合だと1世帯当たり約6分かかることが分かった。

 紙ベースよりも受付時の時間がかかることとなったことから「事前登録者を増やすことが重要」(県 復興危機管理室 米田聖程さん)と、実装に向けての課題を洗い出した。また、スマホを持たない人のために、受付職員が代理で登録する方法も取られたが、この場合だと約2分で完了する一方、そのための担当者を充てる必要が出てくるという人材面での課題も浮かび上がった。

 避難所の外にいる被災者の状況把握や支援について、被災者は県公式LINEアカウントに個人情報、地図上の所在地、食料や飲料水といった支援ニーズをそれぞれ送信・登録することで、行政がそれらの情報をリアルタイムで集計、被災者への連絡・支援につなげていく。

 県復興危機管理室の米田さんは「これまで把握することが難しかった避難所外被災者を効率的に把握でき、被災者への情報発信により必要な支援を実施可能なことが確認できた」と話す。

「救える命」 DXでどう守っていくか

 この実証実験を受けて、復興防災DX研究会からは

緊急時にも確実に運用できるよう、電力や通信環境の確保といったハード面の整備が必要だ。

事後アンケートで「システムを直感的に操作できない」と答えた全体の3割の人は高齢者。これらの方々の抱える問題を解消しなければ本質的な意味がない。

――といった意見が出された。県は、今回浮き彫りとなった課題を解決する手法を検証する実証実験を、2025年度に実施予定だという。

 デジタル庁の神澤貴紀さんは、同庁が防災DXを進める上での柱として、

(1)データ連携の推進

(2)自治体における防災アプリ・サービス調達の迅速化・円滑化

(3)災害対応の高度化に関する実証事業

(4)「防災DX官民共創協議会」と連携した施策展開

――の4点を説明。そのうち(3)災害対応の高度化に関する実証事業については2022年度から全国各地で実施しており、2024年度については、能登半島地震の経験を踏まえ、石川県の協力を得て、市町を越えた広域避難などの検証を行ったという。

 官民一体となって施策を進める防災DX。技術革新や新しい分野への挑戦は、災害時に「本当だったら救えた命や暮らし」に一つずつ向き合い、くみ取っていく力になる。

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